●ライブイベント●
4.20/ 22
友吉鶴心
花一看
薩摩琵琶
第4章「その時歴史が動いた」
第5話『川中島の戦』
演奏曲目『川中島』作詞●吉水経和 編曲●鶴田錦史

歌川国芳『川中島合戦』大判三枚続 安政二年(1855)九月 上州屋金蔵
提供:NPO長野浮世絵研究会
花一看アーカイヴ
薩摩琵琶奏者 友吉鶴心
4.28 - 6.4
ギャラリー・エフ9周年企画展
トシ・オオタ+及川キーダ
LE PITTORESQUE AU JAPON with STORE HOUSE 2006
ル・ピトレスク・オ・ジャポン with ストアハウス
photograph + drawing
協賛:株式会社ピクトリコ、株式会社 エフエイト

* レビューを掲載していただいてます *
東京発「デザイン&ものづくり」マガジン PingMag
東京美術通信
ピクトリコ
パフォーマンス・イベント 5月13日(土)19:00
ライブ・ペインティング:及川キーダ

木遣:木遣愛好会象聲會
photo: Toshi. OTA
【江戸浅草木遣】
木遣(きやり)とは、昔は日本中どこでも唄われていた労働唄のことです。伐採した木材や重い石材などを運ぶとき、力を一致結集させるときの掛け声や気勢から発達し、その中に民謡を取り入れて音頭唄となりました。江戸時代、木遣りは江戸町火消しに任命された鳶職が専有、競って修練を積み重ねました。また、お座敷芸となり粋筋にも唄われるようになりました。祭礼の山車曳き、結婚式などでも唄われ、今日に至ります。音符も譜面もない木遣の唄の世界をどうぞお楽しみください! |
フォトグラファーのトシ・オオタと画家の及川キーダは、2002年より、コラボレート作品シリーズ ”LE PITTORESQUE AU JAPON”を制作、発表してきました。それぞれの分野で活躍する二人のアーティストは、互いの才能を発揮しながら、タイトルが示す「絵のように美しい日本(”LE PITTORESQUE AU JAPON”)」の世界を、写真とドローイングの融合によって表現しています。
それらの作品は、桜、朝顔、菊、竹、波、茶、着物、舞踏. . . といった日本文化を象徴する伝統的なモチーフを題材にしながらも、起用するモデルやスタイリング、重ね合わせるドローイングなどで現代的な要素を織り交ぜることにより、きわめて斬新な「日本の美」の概念を提示します。コンピューターによって構成されたグラフィックは、従来のインクジェット紙だけではなく、メッシュ素材や和紙、版画紙、フィルムといった質感を重視した素材にも描画され、表現としての新しい方向性を目指した独特な世界観を創り上げていきます。
今回の展覧会で二人が選んだ会場は、江戸時代末期に建てられた土蔵を再生したアートスペース「ギャラリー・エフ」。日本の伝統的な建築技術によって生まれた重厚な空間に、華やかな”LE PITTORESQUE AU JAPON”の世界が広がります。
会期中は、初の共演となる江戸木遣とのライヴ・ペインティングが開催されるとともに、中国の伝統的な切り紙の技法を取り入れた展覧会限定の作品も販売しています(限定20枚:10,000円/額なし)。 |
LE PITTORESQUE AU JAPON
トシ・オオタ プロフィール
及川キーダ プロフィール
コラボレーション歴
トシ・オオタ+及川キーダ
 
photo: Toshi. OTA

情報掲載誌
BOAO/FRAU/読売新聞
●ライブイベント●
6.8
木津茂理ソロライブ
ゆらりうたの森
民謡

2005年12月、木津茂理はエフの音楽会月間『月夜の森4』で初のソロライブを開催しました。民謡歌手の両親のもとに生まれ、一度は外の音楽を求めたものの、自らの魂から発する唄・民謡の魅力を再認識し、この道を進むことを決意。たった一人で挑んだ初の海外公演、様々な可能性を試した多彩なコラボレーションを経て現在に至るまで。その民謡人生の折々の記憶にまつわる唄を、アルバムをめくるように思いつくままぽつぽつと語り、空間に身をゆだねて唄いました。おばあちゃんの背中で聞いた子守唄、物心ついて初めて覚えた唄、旅先で魅了された民謡。ゆらりゆらりと行き来する等身大の語りと唄が、民謡に初めて触れる観客にも深く心にしみわたり、若い世代からも「日本人の遺伝子を感じた」「日本人でよかった」という感想が多く聞かれたライブでした。
半年を経て、唄の世界を深める新たな決意とともに、木津茂理が同じ空間でソロライブ「ゆらりうたの森」を行います。都会のビルの谷間にあって時間が止まったような異空間の中で、しっくいの壁と木が放つまろやかな響きにあたたかく包まれる夜。ぬくもりのある女性の唄を中心に、さらなる民謡のルーツを掘り下げます。 |
木津茂理 プロフィール
木津茂理サイト
6.16 - 7.17
菊池 学
錆着尺
テキスタイル (錆染)
ISSEY MIYAKE MENのテキスタイル・デザイナーとして活躍する菊池学は、常に新しい素材を追求してきました。そのプロセスのなかで、彼はまったく新しいテキスタイルの表現を可能にした「錆染(さびぞめ)」を独自開発しました。これは、金属の錆による染色技法です。
菊池学はこれまで、錆染によるさまざまな表現を実現してきました。初めての発表は2000年。空間演出家である毛利臣男氏からの依頼を受け、同氏が主宰する空間展『モーリの色彩空間Part 4 “SABI”』(スパイラルガーデン/東京・青山)に9m×15mの巨大な錆染によるテキスタイル作品「世紀をしきるさび色の布」を出品しました。以来、年1回のペースで錆染作品による展覧会を開催。2005年にはアートディレクターの浅葉克己氏がデザインした「トンパ文字」を錆染によって作品化、個展「[lab](実験空間展)」(AKI-EX/東京)を開催しました。
6月16日から始まる展覧会『錆着尺』において、菊池学は錆染の新しい展開をみせます。彼が今回の展覧会のために選んだテーマは「雅体」と「着物」です。絹朱子や紬といった素材に、古代中国の宮廷文字「雅体」を錆染し、着物を作るための布地である「着尺」として仕上げました。
「着尺というアイテムをあえて選んだ。それは、日本が世界に誇る直線の服。平面ゆえ絵画を表現するにもっともふさわしかったから。自然現象である錆を受け入れた雅体はより躍動感あふれるラインを飾る」(菊池学)
大気によって生じる金属の酸化皮膜が人間には予想できない柄を描き出す錆染。自然の力に最終的な絵柄の決定を委ねる錆染が、古代中国の美学の極みをかたちにした雅体に新たな命を与え、着物という日本の伝統が育んだ美の世界に広がります。
会場は江戸時代末期に建立された土蔵を活用したアートスペース「ギャラリー・エフ」。140年近い時間が培った重厚な空間に、錆着尺を縫製した着物5点を展示します。
菊池学(きくち・まなぶ)プロフィール
東京美術通信にレビューを掲載していただいています
日本繊維新聞編集部ブログにレビューを掲載していただいています
情報掲載誌
和楽/装苑/Japan Times/毎日新聞/Pen/ash/ソトコト/日経新聞/朝日新聞マリオン/日本繊維新聞/染織α |
 
 
錆染(さびぞめ)
菊池学が独自に開発した染色の技法(特許公開2002-069861)。金属の粉をシルクスクリーンにより転写し、酸化とともに布地に定着させていく。酸化という自然の力によって金属が発色し、布地を着色していく自然現象とそれにより生まれる表現は、常に作り手が想像できない意外性と美しさをもたらす。
雅体(みやびたい)
2000年以上前、秦の始皇帝が国家統一を行う前に中国の王朝に存在していた宮廷文字。それぞれの王朝の美学の極みが投入されたその造形は、機能より美しさを重視し、緻密さと優雅さに富んでいる。始皇帝によって滅ぼされたものの、近年、石盤や青銅器に彫られた文字が発見され始め、現在、文字研究家である王超鷹氏によって文字の復元と現代デザインへの応用の作業が進められている。
雅体について 字坊 |
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●ライブイベント●
7.20/ 22
友吉鶴心
花一看
薩摩琵琶
第4章「その時歴史が動いた」
第6話『西郷隆盛』
演奏曲目『城山』作●勝海舟

キヨソネ筆西郷隆盛肖像画
鹿児島県歴史資料センター黎明館所蔵
花一看アーカイヴ
薩摩琵琶奏者 友吉鶴心
7.28 - 9.3
サウンド・アーティストYasuhiro Otani による24チャンネル・フルマルチサウンドシステムのサウンド・インスタレーション『Sound Spreading』と、様々なジャンルのアーティストによるライブ・パフォーマンス
●関連ライブイベント●
8月3日(木)19:30開演
四谷怪談
出演
神田陽子(講談)
Yasuhiro Otani(サウンド)

神田陽子オフィシャルサイト
8月31日(木)19:30開演
出演
内橋和久(ミュージシャン)
Yasuhiro Otani(サウンド)

| 内橋和久 : ギタリスト、コンポーザー、アレンジャー。欧米で高い評価を得るインプロヴィゼーション・グループ【アルタード・ステイツ】のリーダー。“劇団・維新派”の音楽監督。UAのアルバム”BREATHE”ではすべての楽曲で作曲・編曲・プロデュースを担当した。 |
内橋和久オフィシャルサイト
9月2日(土)19:30開演
出演
田中悠美子(義太夫/三味線+唄)
Yasuhiro Otani(サウンド)

田中悠美子:現代を代表する女流義太夫・三味線奏者。伝統芸能のみならず、現代音楽、ジャズ、ニューミュージックシーンで幅広く活動。兵庫教育大学大学院芸術系助教授。1990年度芸術選奨文部大臣新人賞(音楽部門)受賞。1999年第68回日本音楽コンクール作曲部門演奏 委員会特別賞受賞
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田中悠美子オフィシャルサイト
9.14 - 24
レオナルド・ペレガッタ with ROUROU
地図にない道 〜Indefinite Path〜
写真
レオナルド・ペレガッタ プロフィール
ROUROUについて
ROUROUへリンク
 
写真家、レオナルド・ペレガッタの新作『地図にない道〜Indefinite Path〜』は、ファッション・ブランド”ROUROU”(ロウロウ)との出会いによって生まれました。ROUROUは今秋からアーティストたちとのコラボレーション・プロジェクトを立ち上げることを企画。その第一弾として、日本在住のイタリア人写真家、レオナルド・ペレガッタの参加と写真集の出版が決まりました。
幻想的なタッチでヨーロッパや日本の心象風景を撮影してきたペレガッタは、このコラボレーションを新しい作品づくりの機会としてとらえています。
「ROUROUとの出会い、そしてコラボレーションは、極めて感覚的なもの。互いの感性を自由に交わしながら創作することができた。ROUROUの世界観を意識的に映像化するのではなく、もっと精神的なコラボレーションを試みた」
『地図にない道〜Indefinite Path〜』のテーマは「旅」。ペレガッタは、現在の日本を旅し、実際に存在する風景を撮影してきました。しかし、その写真に描かれた場所や時間は、「地図にない道」というタイトルが示唆するように、きわめてあいまいなものです。現実の瞬間をとらえているはずの写真には、移りゆく風景や記憶が浮かび上がります。
「これらの写真が描き出す旅は、不確かで、無意識なもの。時間の感覚も目的地も定かではない。でも、幻想的に思えるこれらの写真は僕にとってはとてもリアルなものだ。不確実に変化していく風景こそが、人の心を表していると思うから」
「どこにあるかは分からない、けれど必ずある未知のアジアの国」をテーマに独創的な服づくりを続けるROUROU。ペレガッタは誰も見たことのないその国を漂う旅人であるかのような視点で写真集『地図にない道〜Indefinite Path〜』を完成させました。
目に見えるものと見えないものの境い目をほぐし、またつないでいるやわらかな光景。
蓮色の空が開く旅の始まりです。
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後援:イタリア文化会館
情報掲載誌
装苑/CUT/月刊ギャラリー/東京メトロニュース/読売新聞/日本カメラ
 

●ライブイベント●
10.5/ 7
友吉鶴心
花一看
薩摩琵琶
第4章「その時歴史が動いた」
第7話『白虎隊』
演奏曲目『白虎隊』

白虎隊討伐に用いられた御旗 淵川家所蔵
花一看アーカイヴ
薩摩琵琶奏者 友吉鶴心
9.29 - 10.22
秦世和
虚 空
錫器による空間展
秦世和が制作する器はすべて、金属の「錫」を材料としています。
大学時代に陶芸を専攻していた秦世和は、卒業後、進むべき道を模索しながら、さまざまな伝統工芸の制作現場を体験しました。そのなかで、とりわけ強く惹かれたのが「錫」という素材でした。
伝統技術を継承する職人のもとで確かな技術を学びながらも、彼はあくまで錫を用いて自らの世界観を表現することにこだわってきました。その独創性の表れが「破錫」(やぶれすず)という表現です。繊細でいて、柔らかい錫の表面に、退廃的とも言える「割れ」や「ヒビ」を施す彼独自の技法によって、器は強烈な存在感を帯びます。
秦世和は自らのことを工芸家と呼ぶことに違和感を覚えます。 なぜなら彼は、錫による器をそのものだけで捉えずに、器が存在する「空間」を強く意識しているからです。錫という素材を用いて非常に精緻な器を制作しながらも、一方で、同時に、その器が織りなす空間も創造しようとしているのです。
「私は日本人の美学である『もののあはれ』を表現しています。日本の伝統や美学、言葉などを踏まえ、古の流れを受け継ぎながら、自己の造形、空間を模索し、追求していきたい」
今回の展覧会で秦世和は、江戸時代末建立の土蔵をアートスペースとして活用する「ギャラリー・エフ」を会場として選びました。江戸の職人たちが材料と技能を惜しみなく使い建てた建築物の中で、自らの美学を投入した錫の花器などによって静寂な空間『虚空』を構成します。
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掛花入『飛泉』 |
秦 世和 プロフィール
1971年生まれ。愛媛県出身。京都精華大学(陶芸専攻)卒業後、陶芸の修行をしているときに 錫器の魅力に惹かれ、京錫源・清課堂にて錫工芸を学ぶ。錫器特有の繊細で柔らかい、寂びた質感に興味を持ち、独自の錫器を追求しながら、造形と空間演出による個展活動を展開する。京都、石川、横浜、東京などで個展を開催。また、その器作品は京都の懐石料理店などでも使われている。
秦世和 リンク |
 
photo: Hideki Shiozawa
錫器
錫器とその製造技術が日本に伝来したのは、飛鳥・奈良時代のこと。大陸からの仏教伝来とともに茶宝(茶壷)が入ってきたのが最初だと言われている。錫器は御神酒徳利など神仏器具を中心に造られ、江戸時代にはチロリ(お酒を燗する器)など一般的になった。錫師の多くは関西を中心に活躍してきたが、現在はその数も減り、錫だけを扱う職人はほとんどいない。
写真:塩澤秀樹 |
情報掲載誌
和楽/モノマガジン/Confort/memo



photo:Hideki Shiozawa
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