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フィルムの中の比喩や象徴について話してもらえますか?


このフィルムには大小様々の象徴や比喩があります。ここでもまた、私は観客のみなさんがご自身の解釈をしてくださることを願いますが、そのきっかけとしていくつかをお話しします。

まずはクローゼットです。様々な言語で、ゲイであると認めることを「クローゼットから出て来る( coming out of the closet )」と言います。残念なことに、ホモセクシュアルとしては、人生において何度もクローゼットから出て来なければなりません。なのでゲイの栗鼠の人生はクローゼットの中で始まり、彼がしっぽのない猫を手にしたいと望んだときにだけ、彼は文字通り、クローゼットから抜け出すのです。

もう一つの例は悪魔とその手下たちです。彼らはささくれた枝のような鼻を持っていて、これはもちろんピノキオの引用です。ここでの悪魔は木の人形よりもさらなる嘘つきだと思います。このおはなしの中の悪魔の笑い顔 ― 作り笑いは、現イタリア首相のベルスコーニ氏のものです。悪魔の笑顔にベルスコーニ首相を借りたのは、ものすごい作り笑いだからです。多くの政治家にとってそうであるように、物事に興味を持つのは権力の統合と掌握に関わっている場合のみです。なので悪魔は結局ゲイの栗鼠を街へと追い出します。悪魔の権力を強めるのにゲイの栗鼠は役に立ちません。ゲイであることに罪はなく、ゲイの栗鼠を地獄に置いておく必要はないのです。

次に「怒り」です。これはもちろん外側の存在ではなく、あなたの中にあるものです。転がって、黒くて、手がいっぱい生えたものにしました。なぜなら怒りはあるべき場所に収めて制御するのがむずかしいからです。ゲイの栗鼠の外側で、目に見えるようにしました。

鳩時計を使ったのは、とてもブルジョア的だからです。狭量な道徳を表し、せっついて知らせるのは閉ざされた思考の心得です。

最後の一つは、月に住むしっぽのない猫です。ゲイの栗鼠は彼に届くために月まで行かないとなりません。…ほとんど不可能な望みと課題です。

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