3月9日 東京新聞 TOKYO発 掲載記事

あの一夜踊り継ぐ 東京大空襲
 六十年の歳月が流れた今、若い世代は東京大空襲(一九四五年三月十日)をどう受け継いでいけばいいのか−。そんな思いを胸に、三十代の二人の若手アーティストが十日夜、現代舞踊で東京大空襲の一夜を追体験する“ライブ・パフォーマンス”に取り組む。舞台に選んだのは、大空襲で焼け野原となった浅草に奇跡的に残った「土蔵」のギャラリー。「大空襲を過去のものにせず、大切な何かを見つけられる機会にしたい」と二人は心に決めている。
 この二人は、舞踊家の鈴木一琥(いっこ)さん(32)と、映像アーティストのカワチキララさん(33)。
 公演では被災したお年寄りが当時を振り返って語る「言葉」が流される中、鈴木さんが「鎮魂」の踊りを披露する。「言葉」は、被災者のインタビューを続けているカワチさんが編集した。空襲の一夜を追体験する空間を二人で紡ぎ出す。
 墨田区京島を拠点に活動する鈴木さんとカワチさんは、三年ほど前に知り合ってから、東京大空襲をテーマに一緒に作品づくりを始めた。
 米国で美術を学んだカワチさんが「戦争」を意識したのは、二〇〇一年九月十一日の米中枢同時テロがきっかけ。武力報復への疑問を映像に表した。その作品を広島で上映して東京に戻った時、原爆に比べ、東京大空襲があまりに知られていない現実に気付いた。そこで、身近にいる大空襲の被災者から体験を聞き取り、ビデオに記録した。
 映像収録はまだ十数人だが「インタビューで分かったのは、亡くなった人と生き残った人の違いがないこと。『死ななかったのは偶然だった』と皆話す。だから聞き取った言葉は、死んだ十万人の気持ちだと感じる」とカワチさんは言う。
 一方、空襲で壊滅的被害を受けた同区東向島生まれの鈴木さんは、地域に根ざした表現活動として一昨年と昨年の三月十日、遺体が埋められた区内の公園などで、舞踊を披露した。そのねらいを鈴木さんは「空襲で亡くなった命があって今の自分がいる関係を表現するんです。六十年前の空襲が私たちに無関係ではないことを伝えていきたい。僕にできるのは踊ること」と語る。
 節目の年の今年、鈴木さんは、猛火を生き延びた土蔵が芸術スペースとして活用されている「ギャラリー・エフ」を知り、蔵の中での公演を企画した。カワチさんは「日本はこれまで、東京大空襲を忘れたふりをしていたのではないか。だからイラクの空爆をゲーム感覚でしかとらえられなかったり、人ごとにしている。まず事実を知ること、このパフォーマンスをそのきっかけにしたい」と位置づける。
 そして、この土蔵公演が毎年恒例となって広がり、若い人たちが悲惨な空襲を実感できるようにしたいと張り切る。
 「エフ」としても初めての試みで、「戦後世代が土蔵に新たな意味を見つけ、東京大空襲の記憶を受け継ぐ場になれば」と動き始めた。
 公演は午後七時と九時半の二回。定員各回三十人、予約が必要だが、七時の部はすでに満員。
 入場料二千五百円(ドリンク付き)。問い合わせはギャラリー・エフ=03(3841)0442。

ギャラリー・エフの土蔵
浅草の材木商の屋敷の内蔵として明治時代が始まる直前の一八六八(慶応四)年八月、江戸時代の堅牢(けんろう)な土蔵造りの技法で建築され、関東大震災と東京大空襲の二度の災難も耐え抜いた。一九九六年に改修し、ギャラリー喫茶として営業中。所在地は台東区雷門二の一九の一八。九八年文化庁登録有形文化財。

文・鈴木賀津彦

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