メディア・アーティスト
ジョエル・ビトン
(フランス)

interview & translation | Takeshi Yamaguchi (Gallery ef)

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 あなたのプロフィールで、とても興味深かったのは、大学での専攻が歴史学だったことです。『想像力の機械』というタイトルの修士論文では、19世紀におけるヨーロッパ社会でのテクノロジーとネットワークの出現によってどのような影響が生じたかについて書いていましたね。どうして、マルチメディアによるコミュニケーションやアートに惹かれていったのですか?

 


 

 私の作品は、歴史を学んできたことによって構築されています。修士論文に取り組んでいるとき、初めてインターネットを使いました。1996年のことです。私はネットでしか見つけられない情報、そして人々にアクセスする必要があったのです。テーマはガイアナであり、私はネットによって、ガイアナから国外へ離散した人々と連絡を取り合うことができました。そして、すぐさま私は、自分にとって完璧なメディアを発見したことに私は気づきました。インターネットによって、私は学術的でも、専門的でもない方法によって、歴史学に取り組めるようになったのです。

 ある時期、研究をひと休みして、マルチメディアのデザインの職場で働きながら、同時に、そのツールを学びました。研修生として最初に関わったプロジェクトは、ナチス政権時代のユダヤ人の「国外離散者たちの記憶」についてのCD-ROMです。このプロジェクトは当時、フランスで制作された最も野心的なプロジェクトでした。8ヶ月の制作期間に私は多くのことを学びました。また、これぐらい必要性の高いプロジェクトに取り組みたいと思うようになりました。そしてこの時期に、私はようやく自分の人生において芸術的な実践を行っていくことを決めました。すでに写真を始めていましたが、インタラクティブなメディアを活用したアーティストになることに、より確かな実感を得たのです。

ガイアナ:南アメリカ北部の国。

ネットワークの歴史についての研究は、メディアアーティストとしての基礎をつくっていった。

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