風について
風流風情展によせて
王超鷹

 初めて東巴(トンパ)文字に出会った時のときめきは、今でもはっきりと覚えています。当時は、そのトンパ文字が、遠く離れた日本でファッショナブルな「風(ブーム)」を
巻き起こすなどまったく想像できませんでした。興味深いことに、トンパ文字でもこの「風」という文字には数多く特別な意味があります。「偲ぶ」「哀愁」「悲しむ」に加えて、「風流」「風情」という意味もあります。
 今回の展示は、トンパ文字の背景にある、神秘感漂う「風の文化」について、「風流」と「風情」という二つの大きな分類によって演出していきたいと考えております。
 中国雲南省の麗江に暮らすナシ族の人口はわずか20万人です。愛のために生き、そして愛のために死ぬというこの民族には、「風流」のために心中する物語が数多く伝えられています。「風流」は、ナシ族のあいだでいまだに続けられている母系社会のしきたりと自由恋愛の風習と深い関係があります。社会を支配する女性の役割が、彼女たちに独自の美学と愛に対する固有の考え方をもたらしたのです。
 この地を訪れた人々は、木々の生い茂る山々や清らかな水、そして美しい人々に驚嘆し、「余生をこの地に残そうか」と誰もが心の底から想うことでしょう。このような自然に近づきたい、という心境、つまり「純情至愛」の気持ちこそが、「風流」に真の意味を与えているのでしょう。
 人々は、万物には永遠の魂があり、その魂はそれぞれの生涯において、さまざまな命に付着していると信じています。人間の魂も、その前世では、花であり、鷹であり、果てはごうごうと流れる河であったのかもしれません。一方、次の生涯になると、小さな草花となり、蝶となり、果ては高い山となるのかもしれません。人間の魂は常に自然と結びついているのです。
 多くの人々は、天国へ行けなければ、地獄に堕ちてしまうと考えますが、ナシ族は、この世には、天でも地でもない「香格里拉(シャングリラ)」(ナシ族語で「霧の中で緑の国を遊ぶ」の意味)があると信じています。そこは、想像を絶するほど美しい「玉竜の第三の国」であり、生霊たちのあいだには惨たらしい殺し合いや悪言の言い合いもなければ、老いや病、そして生も死もなく、あるのはいかなる憂いもない安らかな暮らしだけなのです。
 トンパ文字で書かれた物語には、まさにこのような美しい世界が描き出されています。娘たちは白い雲と白い風で衣装を編み、牛と羊の乳で身を清め、赤い虎と白い鹿に乗り、そして鶴と鷹によって空を飛ぶのです。地元の若者であれ、遠方からの旅人であれ、この美しい光景には誰もが憧れるのです。しかし、愛のために心中を遂げた男女しか、この美しい「玉竜の第三の国」に足を踏み入れることはできません。これは、「風流」のための死です。
 ナシ族は昔から愛のための死が一番幸せな死だと考えてきました。共産党政府の麗江第一任県長で、近代的な教育を受けた党の幹部でさえ、この地域の美しい女性と恋に落ちた後、彼女とともに「玉竜の第三の国」へ旅立ったのです。心中は誰にも止めることはでません。愛し合った男女二人が決意のもとで断行するものです。もし一人だけが生き残ってしまえば、それは大変不吉なこととされ、二人の魂は永遠に憧れの「玉竜の第三の国」にはたどり着けない、ということを意味します。心中を決意した男女は通常、綺麗な衣装で身を包み、美味な食べ物を用意し、好きな歌を歌い、微笑みながら自らの命を絶ちます。美しい愛とともに美しい国へと旅立つのです。ナシ族にこのような「風流」があるからこそ、トンパ文字には「風流の精霊」(愛の神)を示した文字が1000種類以上もあるのです。しかもこれらの精霊はすべて女性です。ナシ族の女性は恋に落ちると、婚姻の贅沢さや豪華さにはあまり興味を示さずに、代わりに心中への空想に心を奪われます。基本的に女性のほうが心中に積極的で、男性が完全に受け身の立場で進められた場合もあります。人々は、盛大な儀式を行なって心中を遂げた男女に祝福を贈り、二人が憧れの「玉竜の第三の国」へ渡ったと信じるのです。
 近代のいわゆる「文明人」たちは、命を捨ててもよいと思えるほどに誰かを愛せることほど幸せなことはない、と思うことがあるでしょう。千年の歴史を誇るトンパ文字もやはり、この哲理を明白に示しています。今回の展示では、「風流の精霊」のイラストが一部展示されるほか、心中の教典と言われる有名な「魯般魯饒」の完全な原稿も出展されています。「魯般魯饒」の原意は「遷徙(せんし)物語」、すなわち「玉竜の第三の国」へ移る物語です。「心中の歌」と呼ばれているものです。日本でその内容が公開されるのは今回が初めてのことです。
 これは、若い遊牧民の夫婦の物語です。妻の久命と夫の永楽は、たがいに愛し合い、幸せに暮らしています。ある日、久命は羊を放牧する途中で、道に迷ってしまいました。彼女は愛する人が迎えに来てくれるようにと、さまざまな小動物に言付けを託しました。しかし、永楽の両親は、久命がきっとよその男性と関係を持ったと思い、返事として悪意を込めた言葉を小動物に託しました。
 一方、永楽はこれをまったく知らず、山々から平野まで愛妻を探し続けました。一年、そしてまた一年が過ぎていきました。久命が孤独と永楽の両親の悪意のこもった言葉に耐えられずにいると、愛の神、尤祖が「玉竜の第三の国へ帰ってきなさい」と彼女に呼びかけたのです。久命はその言葉を聞いて、ついに自らで編んだ綺麗な帯で若い命を絶ってしまいました。
 3日後、やっとの思いで久命を見つけた永楽は、目の前の現実をどうしても受け入れられず、久命の体をきつく胸に抱き、こう言いました。
「ふたたび私の姿が見えるように、宝石であなたの目を飾ろう。好きな食べ物が食べられるようにあなたの歯を白銀で綴ろう。そして、あなたの髪が前と同じように舞うように水
草であなたの髪を飾ろう」
 しかし久命の魂はこう答えました。
「久命の目は二度と開くことはありません。歯は永久に噛めません。そして髪は永遠に舞うことはないでしょう。久命は目が宝石になり、歯が白銀となり、髪が真っ黒な石炭とな
り、永楽の生活の糧になることを願うばかりです」
 その言葉を聞くと、永楽はついに耐えきれなくなり、目の前の燃え盛る炎の中へと飛び込みました。その姿はまるで、火の鳥のようでした。
 後に、人々は、玉竜の雪山の頂上に浮かぶ二つの真っ白な雲を見つけました。森もまた、この「風流」のために死んでいく者たちのために悲しい歌を歌い続けています。
 「心中の歌」のような悲しい物語はかつて、心中しようとする多くの若者の手本となってしまったため、長い間歌うことを禁止されていました。トンパで歌われるたびに悲しい心中物語が現実の世界で再演されてしまうからです。
 「風の文化」はまた、地元の「風情」とも密接なかかわりを持っています。ここでいう「風情」とは、通常の意味とは少し異なっており、「桃源郷」の意味も含んでいます。
 麗江のナシ族自治区は中国雲南省とチベットの境に位置しており、北は四川省に接しています。ここには海抜5000メートル以上の高い山もあれば、世界で最も落差が大きい長江峡谷もあります。さらに燦燦たる高原湖も無数散在しています。探検家たちは世界で最も美しい場所、あるいは人類に残された最後のシャングリラだと誉め讃えています。あるヨーロッパの作家が描いたシャングリラはまさにこの地域である、という研究者の考 証もあります。一方、麗江に隣接している中甸は正式に香格里拉(シャングリラ)に名称を変更されました。年間を通じて、気温は10℃から24℃を保っているので、名実ともに常春の場所といえるでしょう。花は咲き乱れ、森は深緑が茂り、雪山はいつまでも燦燦と輝いています。展示されている写真からも分かるように、雪山と花々が共存しており、光は虹を映し出しています。海抜3000メートルから4000メートルにある高原湖は、まるで人間界に落ちてきた翡翠と宝石のようであり、ごうごうと流れる大河はまるで翡翠と宝石を綴るシルクの帯のようです。河の水があまりにも透き通っているので、深さ10メートルの川底にある彩石と魚とをはっきりと見分けられます。こういった多彩な景色は、しばしば人々に天国にいるような錯覚を起こさせます。トンパ文字もこの美しい景色によってカラフルになったのかもしれません。トンパ文字は世界で唯一生きているカラーの象形文字ですが、心配されるのはこの美しい文字が絶滅の危機に瀕していることです。トンパ文字で読み書きのできる祭司は、わずか数十人しか残っていないと言われています。
このように歴史があり、そして神秘的な文化をみなさんに紹介できるチャンスに恵まれたことを大変喜んでいます。この文化に秘められた、心の奥底から湧き上がる感情が、都会人の魂の再生を呼び起こし、魂を浄化させるための良い薬になれば幸いです。トンパ文字とわれわれの身の回りにあふれている記号の違いは、トンパ文字が深層の意味や表音の機能を苦心して追求することなく、最も素朴な写実的な手法で人々の生活や感情をそのまま呈示しているという点です。みなさんにこれらの作品から人間の自然の感情を味わっていただきたい。これもまたトンパ文字が表現しようとしている生活の哲理なのです。「風流 風情展」があなたの魂に感動をもたらすものになれば幸いです。
最後に、たくさんの友人のご協力とご参加に謝意を表し、特に、このチャンスを与えてくださったギャラリーエフに心より感謝申し上げます。
ここで玉竜の雪山から天茶を拝借して、すべての観客に清香を漂うお茶を捧げたいと思います。

中国上海にて 王超鷹

BACK